食の世界の理解者を
援軍に得て、
砂糖は食卓を彩る。
食育インストラクター
和田 順子さん
(札幌市)
「おとなと子どもの食育教室good food, good life」代表。食育インストラクター、野菜ソムリエプロ、薬膳インストラクター、サルベージ・プロデューサーとして、幅広く食に関わる活動を続けている。
この世には砂糖を敵とみなす民がいます。
でも、おいしさには欠かせないもの。
それは伝統的な料理やお菓子が証明しています。
理解者がいるかぎり、
砂糖のある世界は続いていくのです。
これは、糖軍『和田 順子』殿の信念の物語——
母となり、カロリーと休戦した
もともと食べることが大好き。はじめて「食」について考えたのは、高校生のときのダイエットがきっかけです。健康的にやせたいと、「食品成分表」を愛読していました。カロリー重視のダイエットだったので、脂質を摂りすぎないようにしたり、砂糖の代わりに低カロリーの人工甘味料を使ったり。いまでは考えられないことをしていました。
食への考えが大きく変わったのは、子どもが生まれてからです。出産して、子育ては体が資本だと痛感。元気に活動できる食事を重視するようになりました。あと、授乳中にふとうすら寒い事実に気づいてしまったのです。この子をここまで大きくしたのは母乳だけ。私が食べているものだけで生きているのはすごいことだし、それは私が食べるものがすごく重要だということ——そう感じて、それまでの食生活を猛省しました。すぐに日々の食事や食材を改善。離乳食がはじまると、さらに安心できる食材を選ぶようになりました。
そのころ、「野菜ソムリエプロ」の資格をとっています。しっかりとした「食」の知識を身につけたかったのです。いま思うと、野菜を選んだのは父の影響が大きいかもしれません。厳格な父が、野菜を前にすると上機嫌になるのです。純粋に野菜を喜ぶ父のことが好きで、野菜ってすばらしい、野菜を食べることはいいことなのだと思っていました。
子どもの味覚をつくる。
楽しく食べるための砂糖
味覚は経験で培われるともいわれています。だから、子どもにはいろいろな味や食材に慣れさせたいですね。小さいころ、ホタルイカの沖漬けや塩辛は、ぐちゃぐちゃして気持ち悪かった……。でも、おいしそうに食べる両親を見て育ったから、大人になって食べたくなりました。食卓の記憶が食生活に影響するから、楽しく食べることが大切なのだと思います。子どもの味覚はとてもシャープ。大人には感じにくくなった苦味や酸味を感知することも。はじめは嫌がっても、慣れると食べられるようになります。まずは見て慣れさせるだけでもいい。大人でも見知らぬものを口にするのは勇気がいるでしょう。
野菜ソムリエプロの資格をとったあと、友人の紹介してくれた栄養士さんとふたりで、野菜をおいしく食べる料理教室をはじめました。子どもの野菜嫌いに悩むお母さんから相談されることが多くて……。自分の子どもも離乳食から幼児食になったころだったので、食育インストラクターの資格をとって「食育教室」をはじめました。
私の考える子育てとは、あたりまえをつくること。うちの子どもたちにとっては、私のつくる食事、選ぶ食材や味がスタンダードになるわけです。だから、オーソドックスなものを食べさせるようにしています。例えば、かつて重宝した人工甘味料はもう使いません。いまは、おなかにいいといわれるオリゴ糖を含む「てん菜糖」を使っています。和菓子であんこをつくるときは上白糖。ほかの砂糖では、しゃきっとした味になりませんでした。生クリームには、フランス料理に欠かせないグラニュ糖を使うと、すっきりとした甘さに仕上がるそうです。和食でも砂糖は重要。食感や保存性に違いが出ると教わりました。和菓子職人やシェフたちの話を聞いて、砂糖が伝統の味を支えていることがわかりました。それからは、使うべきときには砂糖をしっかり使っています。
砂糖の向こう側に見える風景は…
夫の転勤で2年ほど羽幌町に住んでいました。私と同じような転勤族の奥さんとか町外から嫁いだ奥さんとか、周りには転入者が多かった。それで、母親同士が特技を教え合うサークルをつくったのです。その活動が新聞に取り上げられると、町議会の議員さんが興味をもって目をかけてくださいました。縁があって羽幌にいるから、地元の良さを知りたいとお話したら、農協や漁協につないでくださって。みなさんのご厚意で、稲刈り体験をしたり、漁港で鮭のさばき方を教わったり、いろいろなことが学べました。
第一次産業の方々と関わるようになって、それまで以上に農業や漁業を身近に感じます。甘エビやお米の向こうに、羽幌の人たちが見える。砂糖の向こうにも、たくさんの生産者がいます。食卓を支えている人たちに思いをめぐらすことは、大切ではないでしょうか。例えば、羽幌は甘エビのまち。漁獲高や消費が落ちると、漁業関係者は大打撃を受けてしまいます。砂糖も同じ。消費が落ちると、てん菜の需要が減り、輪作に支障が出て小麦や大豆がうまく育たなくなる……。その可能性を聞いたとき、もともとあった食への危機感が強くなりました。食卓から砂糖がなくなることは、北海道を代表する農作物がつくれなくなり、まちが衰退してしまう危機をはらむ。それは恐ろしいことで、私たち一人ひとりの小さな選択が、大きな社会の問題につながっていることを自覚しなければならないと思っています。
「ほんの少しふみだす」を伝え続ける
「砂糖は食べないほうがいいですか?」——食育の仕事をしていると、よく聞かれる質問です。そのときは、「砂糖は悪者ではないんですよ」と伝えています。それでも気にされる方には、体にいいものといっしょにバランスよく摂ることをお薦めしています。アレルギーやポリシーがあって、食べないという選択をすることもあるでしょう。それは否定しません。でも、そうでなければ、どんなものもほどほどに食べるのが、心身の健康にいいと思っています。もともとなにかを悪者にする食生活は、私にはなじみません。だから、東洋医学に基づいた薬膳が私にはフィットします。全ての食材には意味があるという考え方が、すごく好き。ある体質の人には合わなくても、別の体質の人には摂取したほうがいい食材があるし、同じ人でも体調によって食べるべきものが異なるという考え方なのです。
視点が変わると価値まで変わる——。羽幌にいたころ、地元の人にはあたりまえすぎることも、よそ者から見ると珍しくて価値があるという経験をいくつもしました。それが、サルベージ・パーティ®に惹かれた理由であり、サルベージ・プロデューサーとしての私の原点です。サルベージ・パーティ®とは、食品ロスを解決する一つの手段。食材の価値を変換させる取り組みだと、私は解釈しています。自分のもてあました食材が、別の人の手によっておいしい料理になる。もったいない、でも食べきれないという罪悪感が、幸福感に変わる。「おいしい、楽しい、わくわくする」というハッピーな気持ちがあると、活動は続きやすくなります。食品ロスなどの社会問題を解決するのは簡単ではありません。まずは知るだけでもいい。知ることで、一人ひとりの心がけや行動がほんの少しでも変われば、いずれ大きな目標を達成できると思うのです。日本だけでも1億人以上いるわけですから。いま関心があるのは環境問題。もっと学んで、『もったいないばあさんと考えよう世界のこと』という絵本のように、子どもたちにわかる言葉で、私たちをとりまく環境や食の大切さを伝えていければいいなと考えています。