糖軍群雄の記

Interview #3

科学的な考察という
援護によって
砂糖の汚名をすすぐ。

北海道大学大学院農学研究院 教授
園山 慶さん
(札幌市)

博士(農学)。所属は大学院農学研究院 基盤研究部門 生物機能化学分野 食品機能化学研究室。専門は消化管生理学で、食品・腸内細菌・ヒトの体の関係を研究している。

砂糖は生命活動に不可欠な食品です。
その甘さは、人を幸福にします。
しかし、いつの頃からか、
罪人のごとき扱いに……。
不健康の要因は、砂糖だけにあらず!
これは、糖軍『園山 慶』殿の科学の物語——

ヒトが幸せに生きるための砂糖

砂糖は体に悪いという主張には、同意しかねます。砂糖はヒトが生きるうえで欠かせない食品でもあるからです。なぜ、そういえるのかを説明しましょう。

ところで、食品には3つの機能があります。1つ目が「栄養機能」。これは生命を維持する働きで、一次機能とされています。ヒトは、ほかの生物から栄養を得ている「従属栄養生物」であり、食べなければ生きられません。食べたものに含まれる栄養素を使って、生命活動を営んでいます。

とはいえ、私たちは、栄養を取るためだけに食べるわけではないはずです。おいしいから食べるということもありますよね。食品には、味はもちろん、見た目やにおい、歯ごたえなど感覚を刺激して「おいしい」と感じさせる働きがあるのです。これが2つ目の「嗜好機能」で、二次機能とされています。

3つ目が、三次機能といわれる「生体調整機能」です。何かを食べるとき、「栄養」と「おいしさ」のほかに「体によさそう」という基準で選ぶことがあるでしょう。食品には、それを食べなくても生きられるけれども、食べたほうがどうやら体調がよいという性質のものがあります。いわゆるトクホ(特定保健用食品)のように、個人差はあっても、自律神経や免疫、血液などの恒常性を維持して、老化や病気を防ぐ働きをする食品ですね。

この3つの機能のうち、砂糖には「栄養機能」と「嗜好機能」があります。まず、栄養機能から確認しましょう。砂糖の主成分はショ糖です。これは二糖の一種で、ブドウ糖と果糖が1分子ずつ結合したもの。小腸までたどりつくと、消化酵素によってブドウ糖と果糖に分解されます。エネルギーとして利用されるのは、ブドウ糖です。とりわけ脳にとっては唯一のエネルギー源であり、正常な働きには欠かせません。

果糖はというと、一部はブドウ糖に変換されてエネルギー源になります。しかし、余った果糖は少し厄介です。肝臓にいくと尿酸をつくりやすい環境を生みだし、大腸にいくと腸内細菌によって短鎖脂肪酸へと変わります。短鎖脂肪酸というのは、酢酸・酪酸・プロピオン酸のこと。エネルギー源となる一方で、脂肪合成に寄与しているというデータがあります。ブドウ糖に変換されなかった果糖は、体内で好ましくない働きをすることが実験からわかっているのです。

次に、嗜好機能を見てみましょう。砂糖は甘くておいしいですよね。舌が甘みを感知すると、脳ではいわゆる「幸せホルモン」のドーパミンが分泌されます。そのため、砂糖を食べると、多くの人たちは幸福感を得るというわけです。

このように、砂糖とは、私たちの生命活動を支えると同時に、幸せを感じさせてくれます。食品の機能から考えると、果糖の問題はあるものの砂糖を悪者にはできません。

人工甘味料の「ノンカロリー」「糖質0」、
本当に肥満や糖尿病の予防になる!?

砂糖の代替品として開発されてきたのが、人工甘味料です。そもそも甘味料とは、食品に甘みをつけるものの総称。砂糖のほか、オリゴ糖や糖アルコール(キシリトール、ソルビトールなど)を糖質系甘味料といい、天然甘味料(ステビア、甘草など)と人工甘味料を合わせて非糖質系甘味料といいます。

人工甘味料は、化学合成により製造されるもので、自然には存在しません。アミノ酸からつくるアスパルテームのほか、アセスルファムカリウム、スクラロース、サッカリンなどは聞いたことがあるでしょう。いずれも砂糖の数百倍の甘みがあるのに、カロリーはほとんどない。そのため、「ノンカロリー」「糖質ゼロ」をうたったダイエット食品・飲料に多用されています。もともとは、肥満や糖尿病の予防・治療に効果があると期待されていました。

肥満については、砂糖入り飲料と比べると、体重・BMI・体脂肪量が減少したという研究があります。しかし、真逆の研究結果もあるのです。日常的にダイエット飲料を飲んでいる人たちの体重・BMIを調べた疫学調査では、どちらの数値も増加したとして、肥満や糖尿病のリスクは上がったと結論づけられています。その理由とされているのが、「痩せホルモン」の分泌の違いです。

砂糖でも人工甘味料でも、舌が甘みを感じると「幸せホルモン」のドーパミンが出ます。さらに、小腸で砂糖がブドウ糖と果糖に分解されると、ブドウ糖を感知する受容体から「痩せホルモン」とも呼ばれるGLP-1が出ます。このホルモンには食欲を抑制する働きがあるため、砂糖を食べると満腹感が得られるわけです。

ところが、人工甘味料では「痩せホルモン」が分泌されません。甘いものを口にして「おいしい」とは感じても、「お腹いっぱい」にはならないのです。その結果、1日の総摂取カロリーが増えて、肥満へとつながるのではないかと考えられています。ただ、メカニズムが解明されたとまではいえません。

糖尿病については、疫学調査のほかに興味深い実験結果があります。マウスに人工甘味料を与えると、腸内細菌叢を変化させることで耐糖能が低下したというもの。耐糖能とは、血糖値を正常に保つためにブドウ糖を処理する能力です。これが低下すると、血糖値が高いまま正常に戻らず、2型糖尿病を引き起こす恐れがあります。

この実験には続きがあって、耐糖能の低下したマウスの腸内細菌を正常なマウスに移植したところ、そのマウスにも耐糖能異常が起きたのです。また、驚くべきことに、ヒトに人工甘味料を投与した場合にも同じように腸内細菌叢の変化と耐糖能の低下がみられ、そのヒトたちの腸内細菌を移植したマウスも耐糖能異常を示すようになりました。そこで、人工甘味料によって腸内細菌叢が変化して、耐糖能を低下させ、2型糖尿病の発症リスクを上げるのではないかと、結論づけられました。いま、腸内細菌の研究は世界中で進んでいるので、人工甘味料と耐糖能の関連性がさらに解明されていくでしょう。

いまのところ、人工甘味料の有効性と安全性については、まだわからないことが多く、今後の研究の成果が待たれます。

飲みすぎは要注意!
謎多き清涼飲料水の“糖分”

人工甘味料と同じく、砂糖の代替品として普及しているのが異性化糖です。これはデンプンからつくられる液体の甘味料で、炭酸飲料やスポーツドリンクなどの清涼飲料水に使われています。成分は、砂糖とまったく同じ。ただ、ブドウ糖と果糖は結合せず、液体中に混ざっているだけです。

砂糖も小腸で分解されるとブドウ糖と果糖に分かれるのだから、食べてしまえば同じだろうと思いますよね。そのとおり、エネルギーとして吸収されるメカニズムは同じです。また、肥満や糖尿病のリスクは、砂糖と変わらないという研究結果があります。

ところが、正反対の研究結果もあるのです。ラットの実験でもヒトの実験でも、異性化糖を摂取したグループのほうが、体重や肝脂肪量が大幅に増えたという結果が出ています。砂糖と異性化糖を比較した研究はまだ少なく、結論は得られていません。もともと果糖が遊離している異性化糖は、肥満や糖尿病、肝炎のリスクが高まる可能性があるとして、さまざまな研究が進められています。いまの段階で言えるのは、異性化糖を含む清涼飲料水の飲みすぎは控えたほうがよさそうだということです。

バランスを考えて食べれば、
砂糖に罪はあらず!

さまざまな研究成果を見てみると、砂糖は悪いもので、人工甘味料と異性化糖はよいものとは言い切れないことがわかります。砂糖を悪者として断罪するとき、罪状は肥満や糖尿病のリスクを上げることとされますね。ところが、肥満を要因とするメタボリックシンドロームや糖尿病が増え続けているのに、砂糖の消費量は1970年代前半からずっと減り続けているのです。このことからも、砂糖と私たちの健康との関係は、もう少し科学的に考察しなければならないと考えています。

ただ、砂糖の取りすぎはいけません。砂糖がエネルギー源であることは明らかであり、過剰に摂取すれば、肥満にもなります。エネルギーの収支バランスが崩れて、消費量よりも摂取量が増える、つまり運動せずに食べすぎるから体重は増加するわけです。そのバランスは、食事全体のエネルギー摂取量で考えなければならないでしょう。

砂糖を食べないという短絡的な方法では、砂糖を使った料理やスイーツは我慢しなければなりません。砂糖には嗜好機能があるのに、それでは人生があまりにも味気ないような気がします。お祝いのときはケーキを囲み、ときには抹茶を点てて和生をいただくという幸せがあるから、私たちは生きていけるのだと思うのです。特に甘党の私には、砂糖を我慢する暮らしは寂しく思います。

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